14歳の息子より

“難民”と聞いて皆さんは何を想像しますか?
もちろん皆さんはシリア難民につ いて聞いたことがあると思います。難民は自分の国を捨て逃げなくてはなりま せん。しかしヨーロッパ諸国へ逃げる際そのほとんどが国境という壁にぶつか ってしまいます。なぜ彼らは故郷を捨て逃げなければならないのでしょうか。そ れは身の安全を守るため、そして生命を守るためです。
僕はあるカンボジア難民を知っています。四十年前、彼の国では戦争がありまし た。クメールルージュという新しい共産主義政権は彼から家族を奪い、彼自身も 強制労働収容所に入れられました。その時彼はわずか10歳でした。彼は 4 年 間重労働、飢え、病気の下で大量虐殺が日常的な生活を強いられました。僕と同 じ 14 歳の時、生命の危険を感じ、カンボジアから逃げざるを得ませんでした。 彼は家族を置いていかなくてはなりませんでした。逃げた先、タイ難民キャンプ では配給、UNHCR からの寄付金だけで命をつなぎました。彼はオーストラリアか らの難民申請の承認を待っている間 12 ヶ月間生き延びなければなりませんで した。ついに 16 歳で彼は新しい国で新しい人生をスタートするチャンスを与え られました。しかし、これは彼の前に立ちふさがる壁はなくなったわけではなか った。
彼の問題は新しく言語を覚えることだけではなかった。彼は新しい生活、文化、 食べ物に順応する必要があった。ただ普通の生活をしようとするだけでも彼は すべてをゼロからはじめなくてはならないため、彼の前には壁が立ちふさがっ た。また生活するにあたって勉学の必要性は絶大なものになっていきました。彼 は 16 歳で初めて正規の教育を受けました。日本では 6 歳から学び始めるので 10 年も早く進んでいます。日本ではテーブルの上に僕たちを待っているご飯があ るのかほとんどでしょう。彼は学校の後生活のために働かなくてはなりません でした。このような困難があってもなお彼みたいに故郷を捨て、難民にならなく てはいけない理由があります。それは未来のためです。
2014 年、G7 の中でドイツは、1 万 1,000 人、フランスは 9,000 人、イギリスは、 9,500 人の難民を受け入れ、アメリカは 21,000 人ととても多い人数を受け入れ ました。しかし日本は 5,000 の難民申請のうち 11 人しか受け入れませんでした。 僕は、日本はもっとできると思います。
先ほどのカンボジアの難民は僕に繰り返し自分は運の良い難民だったと話して くれます。もし彼がオーストラリアに受け入れられていなかったら僕は今日こ こに立ってこのスピーチをしていません。
このカンボジア難民は僕の父です。
By MRL

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